制作秘話
01
かるたの次は水墨画。
新たな小泉監督の挑戦
『ちはやふる』シリーズ3作で、小泉徳宏監督(以下、監督)とタッグを組んだ北島直明プロデューサー(以下、北島P)が、原作『線は、僕を描く』に出会ったのは小説が発刊されてすぐの2019年だった。周囲に心を閉ざして生きてきた主人公・青山霜介が、水墨画と出会い成長していく姿を追った瑞々しい物語と繊細な筆致。原作者の砥上裕將自身が現役の水墨画家として活躍しているゆえの、圧倒的なリアリティ。小説としての完成度はもちろん、一読して「小泉監督の手腕を存分に発揮できる題材」と感じた北島Pは、水墨画という映像としては限りなく未知数なテーマに挑戦することを決断した。「何よりタイトルが秀逸だと思いました。“僕は、線を描く”ではなく、“線は、僕を描く”。この意味が原作でも最後に分かりますが、映画でもそれを観客の皆様に伝える事がこの企画のテーマです」 霜介の水墨の師となる篠田湖山が説く、線の教え。しかし多くの人にとって決して身近とは言い難い水墨画をテーマにすることに、「相当な難しさがある事は最初から分かっていました」と小泉監督は振り返る。北島Pはかつて『ちはやふる』で競技かるたの世界を描き切った監督だからこそという、厚い信頼と期待を寄せ、監督も「誰もやったことのない題材だからこそ挑戦したいと思いました」と意気込みを新たにした。
早速映画監督でもある脚本家の片岡翔と共に、脚本作りがスタート。映画において水墨画はもちろん大きな位置を占めるが、北島Pは「一番大事にしたのは霜介の気持ち」と言う。原作では深い悲しみと喪失を抱えた霜介という青年が、1人の絵師として成長し、自らの悲しみすらも水墨画に反映していくという物語だが、「映画では水墨画の上達と、霜介の心の成長が同時進行していかなければならないと思いました。大きな意味での人間のありようみたいなものを、どう構築していくのかが実は一番大変な部分でしたね」(北島P) 水墨画の知識がない人が見ても共感できるよう、水墨画の良し悪しや絵の優劣だけに軸を置くのではなく、霜介がどう再生の道をたどるのか。そこに水墨画をはじめ、様々な人々がどう関わってくるのか。
もちろん水墨画を描くシーンも多く挿入されているため、実際に現場で演出をする監督の意図も多大に脚本には反映。ある意味で静かな熱量をはらんだ“アクションシーン”に近いとも言える迫力の水墨画シーン描写が、次々に追加されていった。